Ⅰ はじめに

 中国は2001年にWTO加盟後、2004年の貿易総額は1兆4221億ドルで、米国、ドイツに次いで世界3位の規模に成長しただけでなく、貿易黒字額は2005年に1000億ドルを超え世
界最大規模にまでなった。加えて外貨準備は2005年末現在8,189億ドルになった。2006年2月末、人民銀行保有の外貨準備残高は、8,537億ドルに達し世界一である。外貨準備
の急増により、中国政府が国内企業による対外進出の規制を緩和し、資金を流出させるためにも政策面において支援策を講じることになった。
 1999年頃から「走出去」(zouchuqu)と呼ばれる、中国企業による海外での対外投資が急激に増加し始めた。その背景には金融面の支援策や許可の手続きの簡素化など、政府も企業の対外進出を奨励しているからである。その目的は、資源・開発、技術力やブランド力の獲得、人民元切り上げへの対策、国内の過剰投資の解消、貿易摩擦に対応することとし、欧米を始め投資する多くの国においての戦略である人件費が安い、投先の地域の比較優位を活かした上での投資とは違う。中国の場合は、グローバル企業の育成、経済摩擦の回避という利点を考えざるを得ない。
 中国企業が国際市場に進出することで世界経済にも与える影響は大きいため、中国の海外投資は世界中から注目されている。
 同時に問題点も多く実際には案件に対する失敗率も高い。中国企業の海外投資の場合は競争優位理論が想定している競争力の源泉が作用していない。資源調達という視点で行われている海外進出においては、政府が後押ししている国有企業が後押ししていることもあり海外からの批判も増加している。
 本論文では、まず中国企業による対外投資の現状、先進諸国と違う戦略と特徴について触れ、それが効果的に作用しているのかどうかを検討する。その上で対外投資としての中国企業の役割について若干の示唆をする。

Ⅱ 対外投資額の推移

 中国の海外への進出は1950 年代から、政府の対外援助などに関連した企業活動として始まった。改革開放が始まる1978 年までは政府の対外経済開発援助プロジェクトに付随して海外に進出した。対外投資が本格化した1978 年改革開放以降は「認可統計」として4 件、53 万ドルの対外投資が認可されている。1978年に公布した「経済改革に関する15 項目」の中では、中国企業の海外直接投資を認める政策が初めて打ち出されたものの、直接投資に関しての審査は厳しく、投資形態と投資金額などにかかわらずに国務院の許可を得る必要があった。実際には貿易権を持つ輸出輸入公司、対外経済貿易省が直轄する経済技術合作公司に限られていた1)。
 国連貿易開発会議による「UNCTAD 統計」では、1982 年に4400 万ドルの対外投資が計上された後、対外投資規制緩和にともない投資額はしだいに増加している。飲食業、建設業などのサービス業が中心だったものが1990 年以降は製造業が増加している。1992年には40 億ドルとなり前年に比べて4 倍に増加し、1993 年には44 億ドルでピークとなり、その後1994 年から1998 年までは20 億ドル台を推移した。2000 年を底に、2001年には再び69 億ドルに急増した。1999 年に中国政府が「走出去」の戦略を提起したこと、「第10次五ヵ年計画」に対外直接投資拡大方針として明記されたことに加えて2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟したことなどが促進する形になった。
 2006 年は、資金流動量が初めて100 億ドルを突破し113 億ドルになった記録的な年でもあった。そのうちM&A(買収・合併)を通じて行われた直接投資は流動量全体の半分を占めた。投資企業の形は多様化し、有限責任公司の占める割合が国有企業を抜き、投資元としては1位になった。中南米への直接投資においては、アジア地域ではトップになった。

図表1 中国の対外直接投資
中国企業による対外投資の特徴と問題点-1
出所:UNCTAD ”World Investment Report”などにより作成
Ⅲ 投資先の国別特徴

 投資先は香港とケイマン諸島で全体の4 割を占め、その目的はタックスヘブンである。ケイマン諸島、香港、英領バージニア諸島など従来からの租税回避地(タックス・ヘイブン)における投資額は全体の81%を占めている1)。中南米への投資は資源の獲得を目的とし、欧米、欧州などに投資しているのは市場の拡大を目的としていることが分析される。
 2005 年の中国における対外直接投資(非金融部門)による株式投資を見ると、中国の対外直接投資額が1000 万米ドル以上の地域は30 ヵ所もあり、投資額は39.1 億米ドルで株式投資総額の96%を占めた。投資額1 億ドルの地域は香港、韓国、カイマン諸島、カナダ、オーストラリア、米国の6 ヵ国で、香港、韓国、タイ、カンボジア、日本、モンゴル、ベトナム、イエメン、インドネシアなどの国(地域)などアジア地域における対外直接投資は24.53 億ドルで投資総額の60.3%を占めた。カイマン諸島、英領バージン諸島、ベネズエラなどの国(地域)への投資額は6.59 億米ドル(16.2%)で、アフリカへの投資額は2.8 億米ドル(6.9%)であった。北米は米国とカナダを主とし投資額は2.7 億ドル、ヨーロッパではロシア、ドイツ、英国、カザフスタンなどの国・地域に集中し投資額は2.57 億米ドル(6.3%)であった。オセアニアは1.48 億米ドルで、オーストラリアとニュージーランドが中心に集中した。
 2001 年、2002 年の認可額でみると香港が投資先国の1 位に位置し 、2005 年には香港の輸出金額における中国のシェアは44.7%、輸入金額では中国から45%を占めている。これは香港において中国製品の再輸出が関係しているためである1)。中国の香港向け再輸出の割合は著しい伸びを見せている。
 2003 年6 月に中国と香港が「経済貿易緊密化協定」(CEPA)を締結したことで香港製品の多くがゼロ関税で輸出できるようになった。「香港で登記・納税する企業は従業員の50%以上が現地で雇用されていること」と規定されているため、関税の免除にされる代わりに香港に拠点を置き、香港経由で再輸出する動きが強まった。法人税が17.5%と低いことも香港経由のメリットがある。 そのため香港から他の地域や香港に投資を行うラウンドトリップという迂回投資も頻繁に行われている。外貨流動性不足の解消、人民元切り上げ対策などのためケイマン諸島やバージン諸島への投資は、中国などに再投資され迂回投資されている。

Ⅳ 中国の対外投資の特徴と失敗
4.1 ブランド力戦略の失敗

 中国の対外投資の大きな特徴としてブランド力の強化があげられる。ブランド力を強化することを目的とした企業では、中国第2 位の大手家電メーカーTCL がある。2002 年、ドイツのシュナイダーを買収、2003 年にはアメリカのゴヴィディオを買収2004 年にはフランスのトムソンカラーテレビ部門を買収後、TTE(TCL Thomson Electronics,TCL67%)を創設し世界最大のカラーテレビ生産企業になった。TTE はフランス、メキシコ、ポー
ランド、タイ、ベトナムに生産基地をおき、2004 年の売上げでは中国市場の売上げ887万台であるのに対して、欧州は270 万台、北米は270 万台、北米は287 万台、新興市場は300 万台の売上げとなっている。欧州ではトムソンカラーテレビのブランドで市場を獲得し、北米市場ではRCA カラーテレビのブランドとして展開した2)。TCL はTCL という自社ブランドにこだわることなく、各市場によってうまくその国のブランドと使い分けて成功したと思っていた。ところが2006 年前半までのTCL の欧州のカラーテレビ部門の赤字は約116 億円に達し、株価も7 割以上も下落、欧州市場からやむなく撤退を表明することになった。薄型テレビへの移行が遅かったこと、自社ブランドの浸透にばか
り時間をかけていたことが敗因である。欧州で最も大事な子会社TCL マルチメディアヨーロッパのOEM 業務以外のテレビの販売、営業を中止し従業員をリストラし、ドイツ、スペイン、イタリア、スウェーデン、チェコ、ハンガリーの販売会社を再編することになった。世界テレビ市場のメーカー別シェアでみても、2004 年に仏トムソンのテレビ部門を買収して世界トップだったTCL 集団は3 位になり、韓国のLG 電子とサムスン電子が1、2 位を占める結果となった3)。
 自社のブランド力を世界に広めた例では、冷蔵庫で世界最大の生産を誇るハイアールが代表である。小型冷蔵庫の市場というニッチな市場を対象にした国内外の市場の展開を拡大しながらブランド力を浸透させることも同時に目的としていた。1991 年にアラブ首長国連邦にHaier 商標として進出したのをかわきりに、1996 年にインドネシアで合資として海爾ハイアールサービス有限会社を創設し現地で生産・販売をした。1997年フィリピンでハイアールLKG 電器有限会社、海爾工業(アジア)有限会社を設立、1997年にマレーシア、1998 年にイランに進出、1999 年アラブ首長国連邦ドバイでハイアールの中東有限会社の設立をした。同年北米ハイアール貿易有限会社を設立、小型冷蔵庫を生産・販売、イタリアの冷蔵庫製造企業を買収後はハイアールブランドとして2002年にドイツの家電企業を買収するなど欧州でも生産・販売を展開し、同年ヨルダン、パキスタンでも合資企業を設立した。2002 年にはモロッコにも冷蔵庫・洗濯機・エアコンなどの工場を設立した。日本では、日本出の販売を目的とし三洋電機と合弁、家電事業で包括提携した。三洋ハイアール社を設立した。住友商事との家電販売合併(2003年)した。共同開発した家電製品はハイアール社のブランドで販売している。全米50%シェアを持つ商品は国際貿易における非関税障壁回避に有利であるアメリカに工場を設立し市場を拡大した。国内を含む全世界に、生産拠点50 ヶ所、販売網5 万8,000 ヶ所を持ち、総合競争力評価で米「Appliance Manufacturer」誌に世界家電メーカー第9位にランクされている。ちなみに、日本の家電メーカーは松下4 位が最高である。さらにハイアールのブランドを世界中に広めたCEO 張瑞敏はアメリカ以外の世界知名企業CEO の19 位にも評価されている4)。
 しかしながら、ハイアールは企業の成功例として多くの書物にも登場し知名度もアップしたものの、決して高級品というブランド力が浸透したわけではない。中国ブランドを世界の市場において高級品として位置づける戦略として成功している企業はないに等しい。研究開発能力や技術に基づく優位性は他国の商品に比べ弱く、加工貿易型として途上国に投資しているにとどまっている。米ウォールストリート・ジャーナルは、ブランドを率先して買収した中国企業はしばしば消化不良を起こすと報道している。世界の主要な経済地域においてマーケティングの効率と効果とを最大かするためにグローバルな知識や資源を活用しながら顧客ブランド知識を世界規模で標準化し、マーケティングの効率を高めることを目的としたグローバルブランド構築に成功したとはいいがたい5)。

1)汪正仁「香港経由の日中間貿易の拡大」日本貿易学会年報『JAFTAB』No44,2003 年
2) 胡左浩・康上 賢淑「中国多国籍企業の国際マーケティング戦略」東レ経営研究所『経営センサー』6 No.83 2006 年,41 頁
3)2006 年10 月6 日付『日経産業新聞』
4)ハイアールのホームページ(http://www.haier.com.cn),石川幸一「活性化する中国の対外投資」国際貿易投資研究所・国際貿易と投資Winter2004/No.58 2004 年,86 頁
5)田中洋『グローバル・ビジネス戦略の革新』同文館出版2007 年,71 頁
図表2 2005 年の中国ブランド企業10 社
中国企業による対外投資の特徴と問題点-2
出所:「国際商報」2006 年7 月24 日付
4.2 収益率の悪い小規模な中国の対外投資

 中国の対外投資額の規模は小さく、一部の時価総額の大きい中国企業の対外投資を除くと年平均で約1億ドル程度しか行われていない。UNCTAD が発表する世界投資報告
2003 年版によると、2002 年における中国の対外直接投資額は28.5 億ドルであり、これは流入額の5.4%にすぎない6)。財務省の「対外及び対内直接投資状況」では2003 年度中国企業による対日直接投資は計20 件、総額は3 億円で日本の対内直接投資と比較するとの0.01%にとどまっている。小規模なだけでなく対外直接投資収益率7)はたった0.35%で、韓国の1.35%、日本の5.03%、台湾の1.92%、香港の5.72%に比べてもか
なり収益率が悪いことがわかる。UNCTAD とIMF の統計では、直接投資の受入額(In-flow)と投資額(Out-flow)を比較すると、先進国の平均は100 対110、発展途上国の平均が100 対13 であるのに、中国は100 対2 でしかない。このことからも中国の海外直接投資の規模は他国に比較して少ないことがわかる8)。
 中国アモイ大学の李国梁教授の研究によると、海外に投資する中国企業のうち利益を確保できていない、または赤字経営となっている企業は3/2 に上っている。その原因は、組織構造や経営管理などの問題により経営効率が低下していること、国有企業出身の中国人経営者の海外市場環境への理解が足りないことを挙げている 9)。
 中国政府が企業の対外投資を促進しても国際競争市場において効率の悪い国営企業のままでは多国籍企業の戦略も乏しく生き残ることはできない。

6 )関志雄「中国経済新論」2004 年
7 )国際貿易投資研究所調べ、世界主要国の直接投資計集である投資収益÷対外直接投資残高で計算
8 )黄りん『グローバル化の中の中国企業』2004 年,5 頁
9 )崔晨『中国企業の海外進出と東南アジア華人企業』2006 年,2 頁
Ⅴ 政府の政策

 第10次五ヶ年計画(2001 年―2005 年)にも取り入れられた「走出去」(中国企業の海外進出)は政府が促進している。2002 年11 月、第16 回共産党大会でも「走出去」戦略の実施を評価した上で「走出去」を「引進来」と同じように国家戦略の一つとして位置付けた。また2003 年10 月、国家外貨管理局は「国家外貨管理局が海外投資における外貨管理改革問題をより一層深化することに関する通知」を公布、商務部に対外進出を担当する部署まで置いている。
 このような政府の後押しを受けて海外に進出していた中国企業は、大きくわけると、3 つに分かれていた。
 1)中央政府や地方政府に直属する貿易専門の企業や独占的な競争優位を持つ企業、例えば中国対外貿易運輸中国糧油食品輸出入などの貿易関連の国有企業
 2)製造業を中心とした研究開発能力、ハイアール、TCL など
 3)国有企業の金融や大規模なサービス業、中国遠洋運輸、中国建設

図表3 対外直接投資企業ベスト20
c09-070830-3
出所:商務部、国家統計局「2003 年度中国対外直接投資統計広報」をもとに作成
 近年では2005 年3月に、商務部と国家外貨管理局共同で「企業海外買収事前報告制度」を公布し、企業の国際経験の不足を補うため政府で把握している情報や資源も活用している。同年5月、人民銀行外貨管理局は「国内企業対外投資の外貨管理に関する通知」を公布し外貨管理規制を大幅に緩和した。各省の地方企業の対外投資に係わる外貨利用限度は従来の33億ドルから50億ドルに拡大した。地方の外貨管理局の審査権限については、一件あたりの投資額が従来の300万ドル未満から1,000万ドル未満に引き上げられた。資源や技術など、産業政策で奨励されている対外直接投資については、その外貨利用を優先するとしている。また、対外直接投資で得られた利益については再投資も認められている。実際に、2004年の対外直接投資36億2,000万ドルのうち、11億1,600万ドルは投資利益を使った再投資である。
 さらに2006 年2 月「国家中長期科学と技術発展規画綱要」を発表し、今後15 年間の目標として①国際競争力を有するプラント製造技術と情報技術の開発、②農業技術を世界のトップレベルに、③エネルギー開発、省エネ技術とクリーンエネルギー技術の開発、④重点産業及び主要都市において循環型経済と研究開発モデルの確立、⑤重大疾患(エイズ、肝炎など)の予防技術の確立、⑥国防需要に見合った自主研究開発技術の確立、
⑦人材管理と人材の確保、⑧国際競争力のある研究機関の設立と育成など技術獲得について政策を掲げた。2020 年までにR&D 関連支出のGDP 比を2.5%に引き上げ、技術の対外依存度を30%以下に引き下げること、2006 年3 月の全人代の第11 次5 ヵ年計画では、「国家中長期科学と技術発展規画綱要」が制定・発表され、技術力について世界のトップレベルの研究開発を進めるとしている。技術力を誇る日本企業においても2004 年、上海電気集団が工作機械メーカーの池貝を買収、2001 年に破綻し民事再生法の適用を受けた池貝は資本金を100%減資した後、池貝を4 億8000 万円出資し買収した。その後、池貝の工場で技術研修をはじめ中国で汎用施盤の製造を開始している。
図表4 中国企業による主な日本企業のM&A
中国企業による対外投資の特徴と問題点-4
出所:レコフ「マール」をもとに作成
Ⅵ 資源の獲得

 石油の消費が進む中国では4 割を輸入に依存している。石油の開発目的としての投資先はインドネシアなどで行われているだけではなく、鉄鉱石や石油などの目的のためにもブラジルなど資源国への進出も盛んに行っている。
 中国政府が2005 年6 月に発足した「国家エネルギー指導小組」(戦略会議)では、海外の石油・天然ガス資源の開発や輸入先の多元化に関連して「走出去」戦略を盛り込んでいる。約8000 億ドルを突破した外貨準備を利用して海外の資源の権限を買わせるものである。政府のサポートの下で、中国三大石油会社の中国石油天然ガス(CNPC)、中国石油化工(SINOPEC)、中国海洋石油(CNOOC)はすでに産油国に直接投資し現地生産することになっている10)。
 1995 年に中国石油天然ガス集団公司によるタイの油田開発の権利を獲得したことが中国企業において初めての海外石油開発として成功した。その後、スーダン、インドネシア、アルジェリアなどで開発や探査の契約を獲得し、2005 年にはベネズエラの油田やガス田などの開発、カナダのパイプラインの建設への参加を決定するなど展開を進めている。また、中国海洋石油有限公司によるインドネシア、スペイン、オーストラリアなどの権利の獲得や資本参加、2005 年にはミャンマーの油田やガス田の探査、共同開発、カナダのオイルサンドの開発に参入などに成功しているが、失敗例も多い。中国海洋石油はスペインからインドネシアの油田権益を2002 年に買収、カナダMEG エネルギーに出資したもののシェプロン・テキサコと米石油会社ユニカルの買収をめぐって争い、結局断念した。米国のユニカル社のM&A には中国は最大の180億ドルで買収すると提案したものの未成功に終わっている。

10) 柴田明夫『資源インフレ』日本経済新聞社 2006 年,186 頁
Ⅶ おわりに

 市場経済として認定されていない中国11)では先進諸国の多国籍企業による対外投資とは違う特徴の対外投資を促進している。ブランド力の獲得、グローバル化、技術力の獲得などマーケティング戦略をはじめ対外投資に対するが効果的に作用しているとはいえず、貿易摩擦でさえも改善されたとはいえない。投資先の国として香港が多く貿易促進を目的としたものが現状である。1960 年代に米国企業による海外進出が進み、1970 年代に日本企業の海外進出、1980 年代にはNIEs 企業による海外進出を説明した従来の理論に対して、中国企業の場合は、新しい展開の検討が必要とされる。ロール(Lall,1983)のローカル適応技術説、折衷理論は企業が持つ競争優位を海外直接投資の必要条件としているが、中国企業の場合はこれにあたらない12)。1990 年代のグローバル化がもたらしたヴァーノン(Vernon,1966)の国際プロダクトサイクル(IPLC)の仮説も単純に中国に適用するともいえない。
 政府の最大の注力は中国経済成長維持の鍵となる石油・天然ガス資源の開発、鉱山採掘などの資源獲得である。貿易摩擦回避として本格的な対策がとられていない中で、政府が主導権を握る国有企業、現地の適性にかかわらず積極的に買収を進めている背景はWTO 加盟国として望ましい姿ではない。
 政府は対外投資に対する法律の規制を自ら厳しくし、政策の支援を受けながら国が後押ししている大型の国有企業が海外で過剰な資源獲得のために派手に行う買収は阻止しなければならない。民営化された企業が本来の多国籍企業としてのグローバルスタンダードを理解した上での対外投資をはじめることが必要である。透明性の低いコーポレートガバナンスが成熟していない段階で、中国企業が派手に買収を繰り広げることは、最終的な局面で必ずしも中国にとってよい結果がでるとは限らない13)。
 中国企業が競争可能な多国籍企業に育てば技術・ブランド・販路を獲得することにもつながるがグローバルスタンダードを理解した上ではじめて異なった職業別能力、個性によって職業別能力の調整と組み合わせが製品・サービスとなり、グローバルな業界レベルで通用する戦略的競争力となるコアコンピタンスの活用ができるのである14)。

11) 安室憲一『日本企業のグローバル市場開発』中央経済社 2005 年,55 頁
12)赤松要『世界経済論』国元書房 1965 年,173 頁, 黄りん『グローバル化の中の中国企業』2004 年,9 頁
13)張文魁『中国企業の海外M&A 戦略』中国経済新論2005 年
14)竹田志郎(2006)『多国籍企業の競争行動』28 頁
参考文献

黄りん「グローバル化のなかの中国企業」神戸大学大学院経営学研究科専門職大学院・ディスカッションペーパー 2004 年
石川幸一「活性化する中国の対外投資」国際貿易投資研究所 国際貿易と投資2004 年中小企業総合研究機構「平成17年 中国系企業による国内進出の実態に関する調査報告書」2006年
田中洋『グローバル・ビジネス戦略の革新』同文館出版 2007 年
藤澤武史『グローバル・ビジネス戦略の革新』同文館出版 2007 年
竹田志郎編『新・国際経営』文眞堂 2003 年
竹田志郎『多国籍企業の競争行動』文眞堂 2006 年
竹田志郎『日本企業のグローバル市場開発』中央経済社 2005 年
関志雄「本格的「走出去」は時期尚早」中国経済新論2004 年9 月8 日掲載
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/040908world.htm
張文魁「中国企業の海外M&A 戦略」中国経済新論 2005 年10 月26 日掲載
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/051026sangyokigyo.htm