悪名高い中国食品事情が改善されない理由
 「中国人が食品事情に詳しくなり、野菜について農薬を洗剤につけて洗う家庭が増えた」「信頼性のある日本食レストランで食事をする人が増えた」と日本のマスコミは騒いでいた。
 ところが実際に上海市のレストランを何軒も訪問したが、学生や一般的な人々は、国内で食品問題がおきていることさえ知らなかった。日式の日本食レストランで働いている中国人アルバイトでさえ、この問題を知らない人もいた。実際に日本食レストランの売り上げのデータを見せてもらったが、食品事情によって中国人の客が増えたことも実証できなかった。
 中国の都会では、共働きの多くの夫婦は週に4回は外食をする。安全な食品を選択する余裕は、金銭的にも時間的にもない。そんな一般的な市民が食事をする場所が、道路にまでいっぱいにテーブルを出している小規模なレストランである。
 排気ガスや黄砂が巻きこんで、いつもテーブルの上は埃だらけで、目の前の道路から排気ガスが吹き込んでくる。私も地元の人がよくいく屋台で排気ガスの混じった空気を吸いながら中華料理を口にしていた。まだまだ衛生管理ができていない状況の中で、油の種類や農薬を使わない野菜を試用しているかなど、調理の段階を気にとめることなんて不可能なのだ。

 

食の安全が改善されない本当の理由
 それに原油高や人民元切上げ、インフレにより中国の物価はますます上昇している。知人で、上海のテレビ局に勤務しているバイリンガルの30代女性も「家賃が2割アップされた。コンビニエンスストアだけでなくスーパーの食品まで値上がりした。それなのに給料は1%しか上がっていない。物価が高すぎて普通の生活することさえ苦しい。政府はどうにかしてほしい」と嘆いていた。実は、食品の物価が上昇したのは衛生管理などのチェック機能の強化のためでもある。
 しかし、いくら中央政府が規制を厳しくしても、現実には効果はない。なぜなら、多くの企業が地方に存在しているからである。食品事情が改善されない理由は以下のとおりだ。
1)各省庁関係者が地元商店と密着している関係
2)政策を掲げる政府ではなく、実際には地元の省庁が監督している
3)原油高により利益を出せない食品企業が厳しく規制されると倒産する
4)倒産すると税金がもらえない省庁の財務が悪化し、役人関係者の成績が悪くなる
 
1)各省庁関係者が地元商店と密着している関係
 中国ではほとんどの企業が国営企業である。つまり政府が各企業の経営を管理しているのだ。先進国のように成熟した市場経済ではない。わかりやすくいえば、利益が出ても主な株主が政府だから、政府に吸い取られることになる。
 民間企業や外資系企業が急激に増加した中で、国営企業の業績は悪化し、倒産件数も増えている。国営企業は、生き残りをかけて戦っている。市場経済の中でのビジネスそのものを知らない国営企業が生き残る方法は、地方の省庁との人脈につきる。一方、政府関係者も、市場経済が進み、その存在感が薄くなりうまみも減少しており、最後の悪あがきとして必死に賄賂を集めている。結果として、安全基準に違反した国営企業でも、賄賂を差し出せば目をつぶるという構造になっているのだ。
2)政策を掲げる政府ではなく、実際には地元の省庁が監督している
 世界中から中国製品の質の悪さが指摘されたため、政府はさまざまな政策を打ち出したが、実際に管理するのは企業が存在している地域の省庁であるということだ。つまり見せかけだけの政策、世界にアピールするためだけの政策ということになり、実質を伴わない。
3)原油高により利益を出せない食品企業が厳しく規制されると倒産する
 このところの原油高の影響で、原材料の価格が上がっている。一方、中国でも健康ブームのために、菓子類、インスタントラーメンなどの人気は低迷しつつある。今後さらに食品管理の規制が厳しくなるとこうした食品会社の利益は出なくなり、さらに増え続ける外資企業との競争にさらされ、倒産件数も増えることになる。そうした事情で、当局も規制をかけづらい。
 もっとも、悪質な企業は淘汰されればいいのだが、倒産しても、また名前を代えて簡単に新しい企業をつくるのが中国式ビジネスである。米国が悪質企業をブラックリストに載せても、まったく効果がないのだ。
4)倒産すると税金がもらえない省庁の財務が悪化し、役人関係者の成績が悪くなる
 社会主義から市場経済へ移行している最中の中国では、企業もまた国営から民間企業に変わりつつある。その中で、今もっとも自分の将来を悲観しているのが省庁の役人である。これまでの権力が失われていけば、エリートもだいなしである。そこで、今のうちになんとか出世しておこうと努力をする。出世の最大の条件は現在の管理下の財政を悪化させないことである。なんとしてでも地方財政を維持しなければならない。そのためには多少違反している企業でも見逃して税金をもらったほうがいい。

 

北京五輪を機に企業倫理は改善されるか
 以上のような状況の中では、食品の質が改善されることは無理に等しい。偽装肉まんのやらせ事件以降、政府が食品がらみのニュースを管理統制するようになったため、食品関係の報道は減少したが、情報が抑えられているだけで、現状がよくなったとはいいづらい。
 そんな中、北京五輪組織委員会は、選手村の調理場での24時間の警備員体制や、食材輸送車両に全地球測位システム(GPS)を取り付けるなど、必死で安全性をアピールした。しかし、委員会の対策もむなしく、ほとんどの国の選手団は、日本など近隣諸国で練習し、中国には大会直前まで入らない。
 食品業に限らず製造業においても、地方と中央政府の構造問題が解決しない限りは、質の改善はしばらく見込めないのが現実である。政府間の構造問題は中国企業のコンプライアンスにもかかわる。
 五輪を機に、中国が世界から厳しい目でチェックされ、企業倫理が改善されることを望みたい。それが成熟した市場経済の育成につながるのだから。