中国に行くと、地方の駅前や繁華街であちこちに建設現場が見られる。その建設現場の前では、何人かの外国人観光客が足を止め、心配そうに上をのぞいている。それは、竹で組まれた足場を初めて見るからだろう。20階以上のビルを建設しているというのに、その足場はいつ折れてもおかしくない竹なのだ。実際に作業員が下の階に降りてくる様子はハラハラする。
 中国の新華ネットによると、2005年に中国で発生した各種生産活動における事故は71万7900件、死亡者数は12万7100人に上る。これによる経済損失は890億元にもなるという。中国の生産現場では、事故による死亡者が後を絶たない。
 政府が対策を打っていないわけではない。国家安全生産監督管理総局の李毅中局長は、2006年の全国安全生産応急管理業務会議で、「中国では生産現場の安全状況は好転しており、各種事故件数と死亡者人数は減少している」と発表した。地方からの反発やデモをこれ以上拡大させないために、李毅中局長は、重大事故の防止を安全管理業務の重要任務として位置づけ、第11次5カ年計画に盛り込み、事故への対応力を引き上げようとしている。
 だが現実は、毎日のように建設現場や炭鉱で事故によって死亡する労働者が絶えない。その原因は、違法な労働環境にある。中国の生産現場では、それぞれの産業で人民元切り上げや原材料の高騰により利益を出しづらくなってきている。建設関連も同じである。利益を出すために、労働者の安全よりも経費の削減に力を入れざるを得ない状況になっている。
 日本の建設現場はどうか。日本建設産業職員労働組合協議会(日建協)が2007年に報告した調査結果によると、9割以上の建築現場の工程が4週4休以下の休日条件で組み込まれていることが明らかになった。工期が短いことで工程が厳しくなって作業が遅れ、結果として、休日勤務を強いられたり、夏場では残業が多くなったりしているという。
 これが中国になると、日本とは比較にならないほど労働環境が悪い。夏の気温は40度を超え、冬はマイナス10度を下回る。春は黄砂で空気が悪いどころか目の前がよく見えない。7月以降は台風や暴雨など災害の被害者も多い。体調のコンディションを保つだけでも大変なのに、そのうえ足場は竹である。保険がかけられていない人さえ多くいる。安全性を確保していると発言している政府の言葉とは裏腹に「減少している」という死者の数字さえも信憑性がない。
 現場で死者が出ることは大変なことである。実際に出稼ぎ労働者たちは、そんな事故に何度となく遭遇しているはずだ。それでもなぜ建設現場で働く中国人労働者は減らないのか。
危険な現場で働く理由とは?
 中国の出稼ぎ労働者が危険な現場で働き続ける理由は2つある。
 第一に、貧困すぎる実家の両親を助けなければならない、切羽詰った現状であることだ。汚水処理設備が十分でない農村地域は、環境汚染された水が飲料水として使われている。お風呂やトイレが使えないどころか、その水を飲まされているために発がん率が高く、「がん村」と呼ばれている村もある。
 こういった村では、病気で働けなくなった高齢者が多数存在しており、一家を担うのは出稼ぎ労働者の息子だけである。息子が命を掛けて働いていることを知っても、両親はどうすることもできない。
 第二に、チャイナドリームを信じる人がいることである。地方からの出稼ぎ労働者は身分証明書も住民票もない人がいる。それなのに働くのは、都市部で夢をかなえようとしているからだ。都市部で数年間働けば、田舎に家を購入することもできる。実際に田舎にはそうやって家を建てた人がたくさんいる。数年間の苦労さえ我慢すれば、それ以降、豊かな暮らしができることを知っているのだ。
 なかには大金持ちになった人もいる。中華料理店で皿洗いをしていた出稼ぎ労働者が、料理の腕を磨いて屋台を開いたところ味が評判を呼び、地元のテレビ局に紹介されたのをきっかけにホテルの料理人になった。さらに人を呼び込むPRの手腕によって、ついには経営者にまで抜擢されたという。まさにチャイナドリームだ。
 だからなのか、中国の映画には、都市部で夢を追いかけながら働く出稼ぎ労働者が主人公のものがいくつもある。映画では、チャイナドリームがかなうものがある一方で、夢を前にして労働現場で事故死する悲しい結末を迎えるものもある。
 私が中国に住んでいる時、物質に恵まれて便利な日本を恋しく思い、現地の人と同様に恵まれた環境に憧れた。中国では、何をするのにも日本の10倍以上のパワーが必要である。時間通りにこないバスや電車、すぐに壊れる商品、サービスの遅い施設…。何をしていても、いらいらしてすぐにやる気をなくしてしまう。経済状況が違うとはいえ、そのような国で夢を持ち続けることは並大抵ではない。
 中国で働くビジネスパーソンのハングリー精神を、恵まれている日本のビジネスパーソンに求めるのは酷かもしれない。だが、成り上がりたいという気持ちが中国を活性化させているのは間違いない。