4月20日に北京で行われたマラソンの五輪プレ大会で、突然、不自然な大雨が31ミリも降ってきて選手を驚かせた。この突然の雨と、前日より10度も低くなった寒さに、選手たちは疲労を隠せない様子だった。
 この雨は、北京市当局が人工的に降らせたものだった。中国環境保護省は、北京市内が15日から5日間、大気が「軽微汚染」の状態だったが、20日は「良」、21日は最高の「優」だったとして、人工降雨の成果を強調した。
 中国は、人工降雨の実験に1000回以上も取り組んできた。雨雲に向かって化学物質入りのロケット弾を撃ち込み、雨を降らせる仕組みである。深刻な水不足を解消するためと同時に、大気を浄化する目的がある。この人工降雨の技術は、北京五輪で実行される。
 2005年、遼寧省瀋陽市で9年ぶり、大連市では54年ぶりの降雪量を記録した。「鳥インフルエンザの予防のため、渡り鳥を駆逐し、空気を浄化するという狙いは達成された」などのコメントも当局から発表されている。降雪量を人工的に増やす人工降雪のために、各地で計57発のロケット弾が打ち上げられたという。
北京の排ガス量は東京の6倍胸の痛みを訴える海外選手も
 日本でも2005年に西日本で干害と風水害の両極端の気象災害が発生し、渇水対策で人工降雨実施が検討されたことがあったが、不測の大雨で中止となった。しかし、世界的にみれば干害・渇水対策と砂漠化防止・砂漠緑化は不可欠であり、そのための方策として人工降雨法は課題であった。
 しかし中国の人工降雨の当初の目論見は、自然をねじ伏せても五輪を成功させたい晴天へのこだわりだけのはずだった。世界からこんなに大気汚染を注視されるとは思っていなかったはずである。
 カナダの女子サッカーチームの調査で、「運動中の酸素摂取量は1割低下している。肺への影響から胸の痛みを訴える選手も多かった」などの意見もあるが、確かに私も中国滞在中、マスクを持参していた。4年以上の駐在員経験のある日本人の中には、帰国後も慢性的に肺が悪くせきがとまらなくなったり、肺の手術をした人もいたほどだ。
 五輪で大気汚染がこれほど懸念されたことは、過去にないだろう。私も北京五輪の競技を観戦に行くが、空港からホテルまでのバスは他の団体とシェアしなければならない。
 北京五輪開催中は車の台数は制限され、許可を得た車だけが走行することができる。しかし北京市内では登録台数が300万台を突破し、いつどこに行くのも渋滞で空港から市内まで3時間以上と、本来の3倍以上の時間がかかる。
 五輪期間中は自動車通行量を減らそうと、「100万台減少実験」が行われるため、観光用のバスなどは大型で燃費のいいものしか走行できず、しかも満席になるよう他のグループとシェアしなければならない。
 東京大や北京大などが2005年から実施した共同研究では、北京の自動車の排ガスなどから出る煤微粒子の年平均濃度は東京の約6倍あり、深刻な状態にあることが強調された。
工場排出物による「がん村」や呼吸器系疾患が続出する実態
 経済成長のため、目先の利益のみに突っ走ってきた「中国式経済成長」のツケだろうが、そのツケは日本の高度成長時代よりも深刻になりそうだ。というのも、多くの問題がいまだ放置されたままであるからだ。
 工場などから排出される大気汚染や水質汚染が原因で、北京市の南東約200キロの河北省青県などで「がん村」と呼ばれている村は20ヵ所以上。北京市内のNGO「汚染被害者法律支援センター」に報告されている汚染被害は、1999年から数えて約1万件、訴訟は100件以上に及ぶ。数年間の時間が経過して始めてわかるケースが多く、今後も増えていくことが懸念される。
 国家環境保護総局によると、二酸化硫黄(SO2)の総量は2005年に約2549万トンに達し、1999年に比べて27.8%増加し、世界最大のSO2排出国となった。長江以南の浙江省や江西省、湖南省、広西チワン族自治区、広東省では、酸性雨の影響で呼吸器系疾患になる住民が出ている。また、日本など海外への越境汚染も無視できない。
 日本の場合、4大公害病は10年おきに発生したが、中国の公害病は、大量に、しかも同時期に発生する懸念がある。その場合、大気汚染を出したことで訴訟の対象となるのは中国国営企業だけでなく、外資系企業にもふりかかることを覚悟しておかなければならない。
 北京五輪が成功裡に終わっても、その後に中国が引き起こす環境問題は、世界を脅かすことになりそうだ。