アジア市場経済学会 第15回全国大会 7月2日 発表概要
 
中国のアジア的民主化への移行による華人企業の異文化マネジメントの世界への影響
ー中国と華人社会シンガポール企業との比較事例からー
はじめに
世界中で企業のグローバル化、ボーダレス化が進んでいる中、中国企業のグローバル化も促進している。とりわけ国際的視野でみれば、これまでのグローバル化に基づく国際標準国としてはアメリカ主導型によるものが中心だったが、金融危機後、アメリカ主導型によるグローバル化に対する信頼感が減少、現在の競争優位にあるアメリカの基準が国際標準であり続ける可能性が議論されている。
一方で、華人資本企業は、アジア経済を牽引しアジアでの民族資本との中間的存在であり、また外部環境たる世界市場を支配する先進国においても巨大な資本でもある。先進国に進出する中国企業のグローバル化が促進するとともに、アジアでは民族資本企業との連携を強化しながらさらに中国企業の数が拡大し、標準化への影響を増すことが考えられる。
本稿では、以下の2点において論ずる。1点目は、グローバル展開の段階において、中国、華人資本企業がアジアや先進国において、アメリカの国際基準に変わり新たな国際標準となる可能性を検討する。また、2点目は、その段階において、シンガポールは多民族国家であり、類似点が多いことから中国企業をアクターとしてシンガポール企業とそのガバナンスなどの面から比較を試み、市場経済化への移行が経済および企業のグローバル化の進展にどのように結び付くかを検証する。
一方で、中国はまだ民主化、市場経済への移行段階であり多くの課題を抱えている。アジア各国においても歴史や文化、さらに政治体制と経済体制に違いが大きいとはいえ、国家統合や経済成長、経済開発および民主化といった課題は共通している。それゆえ、近代化へのプロセス、社会情勢、体制移行による径路において、経済開発と社会発展と民主化に関するそれぞれの国のアジア独自モデルがある。実際にほとんどの国が先進国に共通する民主化ではなく独自のアジア的な民主化を進めている。
因みにシンガポールでは経済発展段階において様々な経済政策が採択されてはいたが、中国の各都市においても経過的に同様の政策が実行されてきた点を重視すれば、中国の都市でも将来的な可能性としてシンガポールモデルやコーポラティズムが検討されているのが分かる。一党支配は国土の広い中国の政治体制として経済成長に欠かせない体制であったが、市場経済への移行とともに体制内部における権力の配置や運営制度などに変化が生じている。
 
アジアでの同型化の共通
巨大な中国企業の資本は、特にアジアにおいて大きな影響を及ぼしているが、中国が市場経済に本格的に移行し政府系の中国企業が完全に民主化されるまでには時間がかかることも予測できる。その間、中国の華人資本の企業は現地の民族資本との協調と競合し共存的な連携が進むことなどもうかがえる。
アジアにおける民族資本では、フィリピンではスペイン系、タイでは王室系と民族系資本、インドネシアでは大統領系の資本とプリブミ資本、シンガポールでは若干のインド系資本とマレーシア資本、マレーシアではブリプトラ資本などがある。これらの民族資本企業と華人資本企業との連携によって、各国の産業とともにアセアン地域の発展により、中国華人企業も発展する構造になっている。
そこで企業の制度化理論を導入すれば、異文化問題は客観的な分析レベルで捉えられ、かつ合理的実態を表す企業の組織行動の洞察にも役立つ。特に制度内環境での同型化プルの研究地域として、アジア太平洋地域の知識ハブであり現地の組織フィールドに子会社が集中しているシンガポールは、今後の注目国といえる。他民族国家であり多くの華人が経営しているシンガポール企業では、民営化政策による公的支配への影響と企業における経営管理という視点から、華人におけるナショナルアイデンティティの需要プロセスが生じている。
企業など組織の形態において同型化の共通点は、環境や組織にとって単に外的なものではなく、組織に入り込むことである。ある環境内において異文化が相互に競合する同型化プルの枠組みでは、標準化が必ずしも本社国の適用を意味するものではない。グローバルスタンダードの形成プロセスにとって重要な意味を持つ同型化プルは、合理性、妥当性、効率性、効果性がより高く優れている状況の下でグローバルスタンダードの標準化が進んでいく。多国籍文化のあるシンガポールは、世界から企業が集まっている現地支社において華人企業を含めた異文化問題の制度化理論アプローチとして適切である。中国企業との対比により、シンガポール企業における経営目標と合致した科学的な制度的同型化プルが企業の異文化相互作用に与える影響を、華人におけるナショナルアイデンティティの受容プロセスとともに、華人によるアジア、そして世界においてのグローバルスタンダード化への可能性は否定できない。こうした企業レベルでの比較検討に加えて、企業経営の現状把握には国としての市場経済のあり方が影響を及ぼすため、経済に影響を及ぼす要因への配慮も欠かせない。
 
シンガポールと中国の発展における経済政策
中国とシンガポールの発展期に見られた経済成長政策を比較すべく、一党支配であり中国からの華人が7割を占めるシンガポールにおけるアジア的民主化への推移と現状を中国のそれらと比較検討する。
シンガポールは優れた交通・通信網や港湾設備などの産業インフラを構築しながら運輸・物流が対GDPに対して1割を占めている。外資企業の誘致を積極的に推し進めたことで製造業の割合が対GDPが25%を占めるまでになり、同時にアジアの金融センターとしてエレクトロニクス産業も発展した。政府は貿易産業省主導による「5ヵ年国家科学技術計画」の継続と国家研究基金を設立し、バイオメディカル、双方向デジタルメディア、環境・水処理技術、クリーンエネルギーの4分野が重点分野として力を入れている。
1965年独立したシンガポールは40年余り年率平均8%という高い経済成長率を掲げている。1967年から経済活動奨励法により出資比率の制限、現地登用制といった外資規制や国内市場において保護政策が撤廃された。パイオニアステイタクスを与えられた企業には法人税が5年から10年免除された。民間企業の受け入れ用にジュロン工業団地などが建設されたことで労働集約型を中心に外資企業の進出が急増した。経済成長段階の政策については、1960年代は第一次、第二次五カ年計画、1970年代には「70年代経済戦略プログラム」により工業化、労働需給の衰退から労働集約型産業から資本・技術集約型産業へ移行、1970年代には、安い労働力を武器にしていたシンガポールは近隣諸国のさらに安い労働力に追い上げられたことで高付加価値生産を強化、1979年、第二次産業革命と呼ばれる産業構造の高度化政策に乗り上げた。1980年代には「80年代シンガポール経済開発計画」が策定さ外資系企業を中心とする製造業が増えた。1986年に地域統括本部(OHQ)制度、1989年には認定石油取引業者(AOT)制度などにより一定の基準を満たした企業の法人税を減免する措置をとった。金融業においては非居住者の源泉非課税、オフシェア業務に関する法人税は10%と低く設定することで外資系金融機関の進出を増加させた。1990年代に入ってから海外からの直接投資による外資誘致を積極的に進め、1994年末には約858億円で、総投資額の32.8%に達している。1990年代半ばにかけて産業高度化、1990年後半には情報・技術集約型経済化として構造転換を成し遂げた。産業分野では外資系企業を含む民間企業のメンバーが参画し、国家政策の立案に民間が参加する形態がとられた。1997年に人材受入拡大策(Draw Foreign Talent)により、世界中から優れた人材を集めるため入国管理の規制緩和、外国人向け情報センター(コンタクトセンター)設立、就業許可証の発行簡素化、外国人専門職の就労分野の拡大をした。知識集約型経済の基盤を構築した。1999年には情報化推進政策により情報化政策を管轄する国家コンピューター庁(NCB)と通信事業を管轄する通信庁(IDA)を合併し、あらたに情報通信開発庁(IDA)を設立、2000年には、インフォコム21(Infocomm21)=世界の情報通信技術のハブ2002年までに行政サービスのオンライン化などを発表した。2001年、経済再生委員会(Economic Review Committee)では、経済政策の見直し、起業家精神の奨励、人的資源の強化、製造業部門の工場、国内企業の生産性の向上などを掲げている。
中国は、1953年から1957年における第一次5ヵ年計画から五年ごとに政府の策定が実施されている。WTO加盟後は、国務院が指定した地域などでは外資銀行が外国為替業務を行うことが出来るようになるなど外資系企業において自由化が進む。2006年から2010年まで政府の外資政策として「外資利用第11次5ヵ年計画」として外資利用の重点を先進技術、人材導入、環境の分野へ移行した。都市部における経済発展としては、1978年対外開放政策後、1984年には対外開放都市として沿海開発都市の大連、天津、青島、上海、温州、広州など14都市を指定、9都市の長江沿岸の都市と国境・沿岸地区の省都の7都市、内陸の省都11都市、また国務院が承認したそのほかの国境開発都市13都市、観光開発区などが指定され、順次経済成長段階へ発展を遂げている。1990年には上海市は経済特区並みの優遇措置を実施する新開発区に指定され目覚しく経済成長した。また天津、青島、広州など14の都市で自由貿易地域としての保税区が設置された。また中央直轄特別市として北京市、上海市、天津市、重慶市を指定している。ハイテク産業開発区はハルビン、成都、広州など52地区が指定され、輸出加工区として深浅など15地区で指定された。深浅市では、1980年、アモイ、珠海、せんとう市とともに経済特区として指定された。国務院が「広東省経済特別区条例として、外資による独資工場・合併工場設立や企業創設などの起業を奨励し、税収・金融・土地・賃金など各分野で適宜優遇措置を講じることを定めた。1981年、深浅は副省級市に昇格、1988年、国家計画により省一級レベルの単独経済管理権限を獲得し、1997年、社会主義市場経済十体系を完成、計画経済から社会主義市場経済へほぼ移行を実現させたとされている。2001年、深浅は中国で初めて土地取引に関する地方法「深浅土地交易市場管理規定」を公布・施行させた。2002年、深浅市は国有大型企業の国際入札に関する改革を実施。2008年、国家級起業型と市の第一期創設都市に指定、また「一区四市(総合改革モデル区、全国経済中心都市、国家核心型都市、グローバル化都市)」新体制2010年から起業による就業、民生牽引事業の全面的実施が開始、20以上のインキュベーターや起業モデル拠点を設置した。2010年深浅特区版拡大申請により、特区の範囲が拡大した。
 
シンガポールと中国の民主主義
シンガポールの人口は約507万人で、そのうち永住者所持者は54万人、一時滞在者が131万人、シンガポール居住者(市民権、永住権所持者)は373万人である。シンガポール居住者のうち75%が中国人で280万人、マレー系は14%の52万人、インド系は9%の33万人である。中国人のうち福建人は4割以上、潮州人が2割余り、広東人が15%、客家人が12%弱である。現在、国民の84%がHDB公共住宅に居住、コンドミニアムなどを含め92%が住宅を所有している。しかし土地の所有権がなく99年契約の借受となる。中国は都市部の国有地が有償で期限付きの土地使用権という形で、各地方政府内にある房地産管理局で土地購入、登記が行われるが、住宅用地なら70年、工場用地、教育文化用なら50年、娯楽商業用なら40年などと決まっている。
1965年のシンガポールは建国以来、一院制の議会、与党の人民行動党が事実上の一党支配の政権を維持している。与党は人民行動党82議席で建国以来、圧倒的多数を維持している。現在、野党は民主同盟議席が1議席、労働党1議席であり、与党の人民行動党は議席定数の87席のうち6席を失い最悪の議席数である。中国は中国共産党が支配政党であるが、国民党革命委員会、中国致公党、農工民主党、民主同盟、民主促進会、民主建国会などが存在する。しかし支配政党である共産党が議会の議員数の大多数を占めているため支配政党で決定されたことが議会で承認される構造になっている。
シンガポールの高齢化は進んではいるが65歳以上は1割以下、労働力人口は7割余りを占めており、中国ほど深刻ではない。労働力率は華人系とインド系が6割以上を占め、その後マレー系が続く。大卒進学率は3割で、中国の5割に比べると少ないが、両国とも政策としてITなど専門分野の人材の確保に力を入れ、高いGDP成長率を長期的に維持している。シンガポールは1980年代は1985年から1986年を除いて7%から10%台を、1990年代は1998年を除いて6%から11%台を。2000年代は2001年と2009年のマイナス成長を除いて4%から9%台と高い成長率を維持している。製造業・サービス部門が伸び、カジノ併設されたリゾートへの観光客の増加により2010年には14.5%を記録した。中国においても1980年から2000年まで5%以下が3年ある以外は、7%から15%と高いGDPを記録している。
その際、体制移行論および比較研究の視点から中国における自由化の状況と民主化に関する将来的な可能性に着眼してみたい。とりわけ、移行理論をまとめたJ・リンスとA・ステパンは民主化と自由化を次のように区別している。
民主主義の定義は多様であるが、J・プライスは「国家権力の行使に当たって、できるだけ多数の人民の意志をその過程に参加させることを意図する政治構造(近代民主政治)」とし、シュムペーターは「諸個人が有権者の投票を得るための競争的論争を通じて決定権を獲得するという政治的決定に到達するための政治的措置である(資本主義・社会主義・民主主義)」。R・ダール「デモクラシーとは何か」では「包括的参加、公開的な異議申し立てを保証する政治システム」とし民主主義手続きのための最低条件は、実質的参加、平等な投票、理解可能性の機会の提供(公開性)、アジェンダの最終調整の実施への参加、全市民の参加としている。
 
結論
中国は経済大国としてアジアへも影響力を増し、さらにアジア市場からオセアニア市場、アフリカ市場などにおいて、巨大な人口と市場を持つ中華圏を中心とする華人による、グローバル化が進むことが予測される。他国よりも遅れてはいるものの、30年前に比較すると、中国企業が科学的な制度的同型化プルが企業の異文化相互作用に影響を与えグローバル化を促進している。華人におけるナショナルアイデンティティの受容プロセスとともに、アジア、そして世界においてのグローバルスタンダード化への可能性も否定できない。シンガポールが華人企業の象徴と考えたときにシンガポール企業での華人の影響が強いことを考えると今後、アジア地域をはじめとして先進国でも華人による経営管理の影響がますます拡大することが予測できる。
しかし中国企業の多くは国営企業で政府の管理の下で経営方針が実施されている市場主義ではない中国独自の経済市場を基盤にしている。そのため中国企業には情報操作や自由度、権力支配度などにおいて民主化という大きな課題が残されている。漸進的民主化の実現につながる要素としては、政治改革と経済改革の相互促進メカニズム、党自身の変容、民主化勢力の成長があげられる。具体的には法治化、農村の選挙改革、幹部の世代交代、企業主の党員許可、党員の多様化などの人民代表大会制度の改善が必要である。また、経済改革においては私営企業の発展、国有企業の民営化、政府事業部門への民間資本の進出などが必要である。2002年中国証券監督管理委員会、国家経済貿易委員会が共同発表した「上場会社の企業統治準則」において、国有株を中心とする非流通株の支配という中国の独特の構造に問題があり、執行役を設けず、監査役会を存続させるなどの所有構造のまま政府による支配が依然続いている。
一株独大の株式支配構造を維持しながら市場経済へ移行し、世界経済の一体化を図ろうとしている中国は、所有制構造、法規、内部支配問題など残されている問題点を改善する必要がある。民営企業の増加とともに企業統治の格差が拡大している。
市場経済への本格的な移行が行われない段階においては、グローバル化が本格化することは困難である。現在の中国企企業は国有企業から株式制へという転換経済を実施しながら、中国の独特の特徴を維持しながらもグローバル化の進展へとリンクしようとしている。中国企業の先進国への進出の増加とともに中国企業のグローバル化が促進すれば、同時に中国の市場経済化への移行が、経済および企業のグローバル化の進展を促進させる。市場経済が浸透する、先進国においても国際標準への影響を与える可能性は否定できない。その際に民主化への移行段階において、中国企業をアクターとしてシンガポール企業とそのガバナンスなどの面から比較すると、特にアジアにおいて政策主導型の経済成長、国有企業中心型の産業構造、土地の所有物の開放政策など、とりわけ類似点が多いことから、シンガポール企業がモデルケースになる可能性も否定できない。