国家の威信をかけ「北京五輪」を成功裏に終えた中国で、環境制約の重みが増している。中国の国内総生産(GDP)の実質成長率は、北京五輪特需も手伝って2004年から年率10%を超えている。一方で、2000年ごろから大気、水質、土壌汚染など中国の環境破壊は深刻化。五輪開催に際し、北京周辺の鉄鋼関連の工場の一時的な閉鎖、自動車ナンバー規制、韓国・現代製のタクシーへの代替など、“付け焼刃的”な対策がとられたことは記憶に新しい。現地取材を通じ中国の環境問題の今を4回にわたって報告する。(中国経済ジャーナリスト・柏木理佳)
 陸上競技(35歳)で、エチオピアのハイレ・ゲブラシラシエ選手が北京の大気汚染を理由に欠場を表明したが、そもそも日本でも1964年の東京五輪のときの環境対策は十分ではなかった。「二酸化硫黄(SO2)は東京五輪のときの方がひどかった」という声もあるほどだ。北京五輪の際に行われた環境対策コストは1400億元(約2兆2400 億円)にも上ったといわれるが、中国の環境破壊の現状はどうなっているのだろうか?
二酸化硫黄の排出 中国は日本の30倍強
 大気汚染には窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)、硫黄(砂塵嵐)などあるが代表的なものに二酸化硫黄(SO2)がある。日本の年間排出量は70万~80万t。これに対し、中国は日本の30倍以上の2500万tにも上る。直近で分析すると一時的に若干減少しているが、2000年に2000万t以下だったことを考えると増加著しい。
 二酸化硫黄とは火山の噴火によって発生する腐敗した卵に似た臭いがする気体だ。空気より重く無色の気体で、中国は世界一の排出量である。火山噴火場所に長時間いると、目、皮膚、粘膜を刺激することがあるように、人体には有害な物質で、呼吸器系障害の原因になるだけでなく酸性雨の原因にもなるため世界から問題視されている。
 この二酸化硫黄排出量が世界一である原因は、石炭が一次エネルギー消費量の7割近くを占めていることだ。世界平均の25%と比べても突出して多い。この二酸化硫黄は石油や石炭等の化石燃料や原料中の硫黄分を含む燃料を燃焼すると発生する。発電電力量においても7割を石炭に依存していることから、現在の工業用系排出量の半分以上をこの石炭火力発電所から排出している。
 実際に火力発電所は旧式ものが多く、ひどく非効率的なものばかりだが、これらをすべて取り替えるには膨大なコストと時間がかかる。しかし何もしなければ二酸化硫黄は2010年には4300万tに急増するとさえいわれている。第11次五カ年計画で掲げられた目標値は2010年までに2294万tに抑制ということだが、現在950万tの脱硫能力しかない。今後2010年までには少なくても1050万tの脱硫装置の建設が必要となるといわれている。
安価な課徴金制度が環境対策を阻む
 実は1964年の東京五輪が開催されたときの東京都区部、横浜、川崎、四日市、堺での二酸化硫黄濃度は現在の3倍以上の年平均0.06ppmだった。国家環境保護部の空気汚染指数(API)の解説から中国の計算指数を単純に比例計算すると、二酸化硫黄は現在の北京のほうがかえって少ない。自動車ナンバーによる通行規制や工場の停止などによる一時的な効果も後押ししたのだろう。しかし二酸化窒素、浮遊粒子物質はともに東京の約2倍あり、巨大な土地のある中国が東京五輪と同じように五輪後の環境対策が早急に促進するかどうかは疑問である。
 日本では二酸化硫黄の環境基準について環境省が、①1日平均値が0.04ppm 以下であること②1時間値が0.1ppm 以下であること、と決めている。一方、中国では政府や各省庁に異なるが、最近では例えば1tの二酸化硫黄を排出すると、630元(約10000円)の課徴金、排出費用を負担しなければならない、などの規制がある。そして宣伝するように環境保護部は、2008年の中国の電力業界全体の二酸化硫黄排出量は前年に比べ9.1%減少したと発表した。しかし、実際にこの政策では効果はあまり期待できない。なぜならば、この課徴金制度の金額では安すぎるからだ。
 抜本対策として、ボイラーで石油・石炭を燃焼する際に発生する硫黄酸化物を脱硫する設備を導入する方法があるが、これが高い。課徴金の方が設備導入よりも低コストであることは問題である。脱硫装置の導入には、課徴金の3倍から5倍の費用がかかるため、「課徴金を払っておけ」ということになる。中国ではこのように、実効性に乏しく、まるで国外へのパフォーマンスとして発表しているかのような表面的な政策が多い。
国家基準より地方基準が優先されることも
 安価な「課徴金」よりも厳しい規制がなければ効果は一時的なものにとどまる恐れがある。環境保護基準には、国家基準、地方基準、国家環境保護総局基準があり、国家基準には環境基準、汚染物質排出基準、環境測定方法、環境標準物質があり、地方基準には地方環境質基準、地方汚染物質排出基準がある。それぞれ中央政府と地方政府により定められ、国家基準より地方基準が優先されることもある。
 環境問題だけではない。中国における問題点、非効率さの原因は、中国の構造問題にある。中央と地方で貧富の格差も問題になっている中、政策を掲げても実現できない要因のひとつに、中央と地方の管轄の違いがある。“毒入り餃子問題”においても、いくら中央政府が政策を掲げても直接的に管轄するのは財政難に陥っている地方政府。工場のうち7割が地方にあるため地方政府の判断に任されているといっても過言ではない。工場が規定に違反しても地方政府が厳しくできない現状がある。倒産されたら税金が入ってこないからだ。倒産されるくらいなら、多少、お目こぼしし、法令遵守ができなくても存続させよう。――言い換えれば、地方政府と地方企業が癒着することにつながるのである。
国家環境保護総局が「部」に昇格
 さらに省庁間の縦割りのシステムが複雑であることがあげられる。環境汚染対策は国家環境保護総局が管轄しているが、廃棄物処理・環境経済は国家発展・改革委員会、リサイクルは商務部、都市ゴミ処理は建設部に分かれている。
 しかし、3月に行われた全国人民代表大会(日本の国会にあたる)で第11次全国人民代表大会では国務院機構改革法案が採択され「国家環境保護総局」が「環境保護部」に昇格した。「局」が「部」に昇格することで、これまでより影響力の強い発言権を得たことになる。環境予算の増額によって従来よりも環境活動への取り組みも強化されることが期待される。
 このほか、国家エネルギー指導である発展改革委員会のエネルギー関連部門、国防科学技術工業委員会の原子力管理部門を統合した「国家エネルギー局」が新設された。同局は政策法規、発展計画、省エネ・科技装備、電力、石炭、石油・天然ガス、新エネルギー・再生可能エネルギー、国際協力の9の部局、職員総数は112名で編成され、国務院改革のひとつの重要な柱として位置付けられた。
 具体的には、エネルギー発展戦略や計画・製作の立案や体制改革の建議書の提出、石油や天然ガス、石炭、電力などのエネルギー管理の実施、国家石油備蓄の管理、新エネルギーとエネルギー業界の省エネ推進のための政策措置の提出、エネルギー国策協力などが推進される。
“アメとムチ”の政策を使い分け
 環境法令に違反した企業の名前や内容を情報公開することは、環境破壊に歯止めをかけるひとつの方法である。総合排水基準をもとに中国の環境NGO「公衆と環境研究センター」などが各地域の政府部門とメディアが公開している企業のデータなどをもとに作成、違反した企業は、2006年に「中国水質汚染マップ」がインターネット上で公表されたのに続いて2007年末から空気を汚染している4000社以上の「中国空気汚染マップ」に公表された。
 有名な日本企業も名を連ねている。企業にとっては取締りの強化の側面の一方で、環境対策に力を入れている環境優良企業であれば、その取り組みが評価、推奨される――いわば“アメとムチ”の政策である。アメの評価では、グリーン政府調達、環境認証、企業環境行為評価制度もある。2008年5月からは、「環境情報公開弁法」が施行された。企業の情報公開において自主的公開と強制公開(重大汚染企業が対象)に分けられ、企業の環境活動に関する情報を公開しなければならない、と規定していている。また国銀行業監督管理委員会(銀監会)は、国内の銀行に対し、国家発展改革委員会から過度の環境汚染などを指摘されている企業においては融資を引き揚げるよう要請している。
 このような厳しい罰則規定を導入したことで、今後は少しずつ効果が出てくるだろう。しかし政策効果を出すには、市場経済へ完全に移動した上で政策を掲げることが大事だといえる。それまでにはかなりの時間が必要とされること、その間に火力発電所の脱硫装置などの設備改善や石炭への依存を減少させることが急がれる。