ダイヤモンドオンライン
2015年8月
http://diamond.jp/articles/-/77512
<中国人の爆発買い頼みは危うい。日本が観光立国になるためのに必要なこと>
このところの中国株急落の影響を受け、中国人観光客をあてにしたインバウンド景気に対する減速懸念が広がっている。
これまで何ら効果的な観光政策を打ち出せてこなかった日本は、中国人観光客の爆買いに依存しているのが現状である。
2014年、訪日外国人観光客のうちリピーター客は54%、そのうち44%が中国人観光客となっている。
さらに、世界的な金融不安から、今後は安定性の高い円に世界のマネーが流入し円高になる懸念がある。
そうなると、円安に依存していた訪日観光客が急減するのは当然だ。
<日本の観光政策は シンガポール、香港より遅れている>
日本は、2014年に外国人訪日客が1341万人に増加し、観光収入も2兆278億円と一昨年より大幅に増加したと喜んでいる。
しかし、世界ランキングでは、マレーシア、タイなどより低く、20位以下となっている。筆者が住んでいた香港の6084万人、シンガポールの1510万人に比べても少ない。
人口500万人余りのシンガポールは、人口の3倍の観光客が訪れ、2014年の観光収入は2兆757億円だった。
この数字は、日本とほぼ変わらない。
2010年にカジノが設立されて以来、2013年には1550万人の訪客を記録し、GDPの6.7%を占める観光業は経済成長の一つの要因として安定している。
対して、日本はGDPの1.7%しか占めておらず、観光業を成長産業にしようという政府の後押しが足りない。
シンガポールの観光客の旅行消費額の内訳は「買い物」と「カジノ」が5割近くを占めている。
カジノ設立時の2010年より前は観光客の大半が「買い物」を目的としていた。
観光収入がGDPの5%を占めている香港の場合は他国より「買い物」を目的としている観光客が多く、消費額の7割近くを占めている。
一方、訪日観光客は、「買い物」が35%でしかない。(「宿泊」が30%、「飲食」が21%)。
たしかにシンガポールや香港は大自然や文化遺産といった観光資源に乏しい都市国家(地域)という特殊性があり、
日本と単純に比較するのは難しいが、日本も観光立国を目指すうえで、ショッピング需要への力の入れ方が足りないのは事実だ。
シンガポールや香港に学ぶべき点は多い。
<シンガポールは国を挙げて バーゲンセールをPR>
日本では、百貨店が実施する夏・冬のバーゲンSALEの売り出し時期に合わせて、世界中の観光客がショッピング目的で来ることは少ないい。
しかし、香港、シンガポールでは、わざわざSALEの期間中に合わせて、世界中から買い物客が訪れている。
これは、SALEの時期を百貨店やブランド店が同じ期間に設定し、なおかつ、政府の主導で、SALEを大々的にPRしているためである。
たとえば、シンガポールでは、毎年5月中ごろから7月中ごろまで、百貨店やブランド店などにおいて、最大9割まで値引きするグレートシンガポールセールを実施する。たとえSALEと書いていない店舗でも、中に入ればSALE時期は割引してくれる店もあるほどである。
実は、この時期は観光客が少ないために、国を挙げて、全店でSALEを実施する呼び込み政策を考えたのである。
シンガポールは東京23区ほどの狭い土地である。しかし、東京23区で、全店がSALEを同じ時期に実施するといった取り組みはない。
百貨店のSALE時期は夏・冬ともに、重なる時期はあっても全く同じ期間ではなく、また、その期間にあわせて、近くの店がSALEを実施することは少ない。ましてや、そのSALEのために外国人観光客を呼び込もうとする政府のPR活動もみられない。
日本政府は地方への観光客を増加させることに着目しているが、現実は観光客のほとんどが東京、大阪に集中している。
それならば、都市部の商店街、百貨店がいっせいにSALEを実施し、大々的なPRで世界中の観光客を集めるようなPR戦略も必要ではないか。
<ファッション品購入を目的とする訪日客は少ない>
香港のバーゲンSALEは、SALE初日は1割引だが、最終日は5割引になるなど、日々安くなるカウントダウン方式である。
やや高くてもどうしても欲しい場合、初日に購入、安ければ欲しい場合は、最終日まで待てば(売り切れていなければ)最も安い値段で買うことができる。香港はパリとほぼ同時期に最新のブランドが販売され、パリより値段が安い。香港の観光客は、SALE時期の夏と冬が多いことからも、SALEが観光目的となっていることがわかる。
筆者が香港滞在中は、欧米人観光客がSALE時に、綿100%の質の高いシーツやタオルをまとめ買いしている姿を目にしたが、香港の訪問客の買い物の内訳は、衣類、宝石、時計、革製品などである。シンガポールにおいても観光客の買い物の内訳はファッション製品が半分近くを占めており、お土産類は1割ほどである。
一方、訪日観光客の多くは中国人の爆買いである。買い物の中身は、ビデオカメラ、電器製品、化粧品、医薬品、健康グッズ、たばこ、酒、菓子類など、日用品が圧倒的に多い。日本の文化に興味を持ち、着物やアニメ、民芸品など本来の観光土産を購入するのは、欧米人と、アジアではマレーシア人、香港人くらいである。もちろん、ファッションブランドの購入を目的とする訪日観光客はほとんどいないといってよいだろう。
<外国語への対応も不十分、 日本の店に足りない努力>
香港では、免税店やブランド店だけでなく、小売店でも外国人観光客を取り込むための対策が行われており、街の小さな店でも、外国人が便利に買い物できる。
たとえば、100円でもクレジットカードで購入する外国人のため、多くの種類のクレジットカードが利用できるだけでなく、人民元、日本円、米ドル、ユーロなどの現金で支払える店が多い。店員がすぐに計算できるように、主要通貨のその日の為替レートを張り出している店もある。
また、香港ではショッピング通りのすぐ近くのいたるところに外貨両替所があり、夜遅くまで営業している。
ショッピング街の尖沙咀(チムシャーチョイ)には五つ星ホテルから格安ホテルまで200棟以上のホテルがあり、買い物した荷物をホテルに置いて、また買い物に出かけることができる。一方、銀座周辺にホテルは増えてはいるが、まだ数十軒しかない。買い物袋を歩いて置きに戻り、また買い物に出ようと思う距離ではない。
また、外国語を話そうとする店員の努力が日本とは異なる。
香港は街の小売店でさえ、英語、北京語、日本語、韓国語、フランス語など多言語の看板や表示がある。
店員は、接客に必要な最低限の外国語会話を習得している。「いくらですか?」「2個買うと1割引きです」などの買い物会話を外国語で書いたものを壁に貼ったり、翻訳・通訳機械を使用して、とにかく言葉を通じさせようという努力が違う。
一方、シンガポールは公用語が、英語、マレー語、北京語、タミル語の4つであり、もともと多言語を話せる人が多い。
外国人永住者が4割を占めているため個人でも日ごろから外国人への対応に慣れている。
レストランも、英語、中国語、日本語、マレー語のメニューがある店も多い。大型ショッピングモールやホテルのホームページ
は、英語、中国語、日本語などの多言語表記に対応しているところもある。
対して日本は、外国人が街で買い物するには不便極まりない。看板、標識の多言語化もまだ十分ではないし、接客の際の
語学力の向上も必要だ。たとえば制度として語学研修の実施や店頭の外国語の表記の義務化なども必要であろう。
また、タクシーの運転手に対しても語学研修の受講をとりいれるべきであろう。
<日本は国のPR予算も アイデアも不足している>
実は日本政府の観光PRのための総予算は、シンガポール、香港、韓国などよりも少ない。
シンガポールでは、1964年に通産省傘下の政府観光客局が設立され、1995年から2000年にかけて約264億円が観光政策費に充てられた。同じ期間の日本の観光予算が年間39億円程度であったことを考えても、その頃からシンガポール政府が観光産業に力を入れていたことがわかる。
2015年度の日本政府観光局の総予算は65億円。加えて、日本に外国人観光客を呼び込むためのプロモーション費用であるVISIT JAPAN政策の予算が12億円。これは前年と比べてもほとんど増えていない。
対して、シンガポール政府観光局の観光予算は157億円(2014年度)、香港政府観光局の総予算は92億円(2015年度)となっている。国家全体の予算規模を考えると、日本が観光振興にあまり注力していないことがわかる。
お金をかければいいというものではないが、日本には訪日のための効果的なプロモーション策が見当たらない。たとえば、香港政府観光局のPR方法は、SNSやフェイスブックで「運気があがる香港」の体験談や観光レポーターを募集するなど、若者の観光客を誘い込む努力がみられる。
欧米人観光客向けに、体験型の観光として、歴史的建造物や世界遺産などの文化的な見学スポットなどを増やしてはいるが、地方への外国人訪問客を増やすには飛行機の路線の拡大などインフラ整備も必要であり、地方の観光スポットが海外で周知されるまでは時間も投資もかかる。
少なくともインバウンド振興で効果が高いのは、東京、大阪などの大都市におけるショッピング観光であろう。かといって、円安効果による中国人客爆買いだけに依存した形がこの先も維持できるとは思えない。東京、大阪に世界中から集客するためには、わざわざ日本に買い物に来たいと思える魅力的なPR戦略、ショッピングのためのインフラの整備が第一である。