■ 「今こそ、アメリカ買い!」を合言葉に色めき立つ中国
中国に行くと、大学の教授や社会科学院(政府系シンクタンク)の研究員など経済の専門家たちがそろって口にする言葉がある。「今こそ、アメリカを買うべきだ!」である。
その勢いは、驚異的としかいいようがない。これまでの恨みを晴らすかのようである。まるで強気だったライオンが弱った瞬間に襲いかかるかのような勢いである。
事実、このところ中国企業による米国企業の買収はすすんでいる。中国の政府系ファンドが米国の生命保険会社アリコの49%を買収するなど、中国企業による米国企業の買収が活発化している。
個人ベースでも、同様にその勢いはとまらない。
サブプライムローン問題によるアメリカ不動産価格の下落で、今が底値でチャンスであるとしてとらえ、北京では米国不動産購入ツアーも企画されている。不動産ツアーでは、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ラスベガスの3都市を視察し、これまで高値の花だった不動産を購入する。一方、ハーバード大学など有名な大学が基金運用での損失などにより経営危機に陥っており、中国人留学生枠をこれまでよりも拡大している。中国人富裕層たちはアメリカで400万円から1000万円のワンルームマンションなどを購入し、それを留学している子供のための住処にさせるというから、閑散としているアメリカの観光地のあちこちで金をばらまいている中国人観光客の姿が目に浮かぶ。
■ 対外投資を阻止された米国への恨みが背景に
ところで、中国の専門家が米国買いを後押しするコメントには、実は背景がある。中国によるアメリカ買いへの執念の奥には、過去の対外投資におけるアメリカへの恨みがある。
近年急成長を遂げた中国では、貿易黒字を減少させ、世界一の外貨準備残高を流出させるため、政府が後押しして対外投資を促進していた。2005年は、資金流動量が初めて100億ドルを突破し113億ドルになった記録的な年でもあり、世界から注目されたのである。
ところが中国海洋石油による米ユノカルの買収提案において、米下院で買収阻止に向けた動きが持ち上がり、結局、この買収提案を阻止するための連邦予算修正決議案が可決された。ユノカルのみならず、中国企業による米企業の買収はことごとく失敗している。これは、市場経済を重んじているはずのアメリカが、どこよりも高額の資金を提示したはずの中国企業による買収を、必死に阻止したということである。
アメリカ側の言い分では、資源関連企業が買収される安全保障上のリスク、あるいは市場経済に移行していない国営企業のままでの買収に対する懸念、などの理由が並べられたが、本音をいえば、脅威とさえ感じる中国企業進出を、これ以上増加させないための戦略であったともいえる。
■ 誰も中国の海外進出をとめられない
中国の国内消費はGDP国内総生産の3-4割しか占めておらず、アメリカの7割とは比較にならない。輸出依存型の中国が内需型経済に移行するには時間がかかる。それまで、中国は人民元を切り上げすぎずに貿易黒字を維持しながら、外貨準備高を減少させ、技術を獲得したい。中国の経済成長の持続は、それにかかっているのだ。
中国にとってみれば、下落懸念に晒されるお荷物な存在である米国債をはじめ多くの米ドルを保有しているのである。ドルが下落しないように保有して維持することで協力しているというのに、米国企業を買収させないのでは、不満も募るばかりである。
中国は、1兆7600億ドルを超える外貨準備高をなんとか使って資金を流出させたい。1月にオバマ氏が大統領に就任することで人民元切り上げ圧力が強まる可能性がある。その圧力が急激に強くなることを中国政府は懸念している。特に人民元の対米ドルレートが大幅に低下しているため、中国社会科学院では人民元の対米ドルレート調整が必要と考えている。さらに人民元と欧州通貨とのバランスを取るためにも、年明け早々、人民元の対ドルレート調整による対策をとらざるを得ない。
そうした状況のなか、金融危機で米国経済が疲弊し、大企業が次々と倒産の危機に追いやられているのだから、中国にとってみればやっと米国企業を買収できるときが訪れたのである。
ところで、これは日本にとっても全く他人事ではない。中国がアメリカ企業を買収することにより、アリコのように間接的に日本市場に進出することにもつながりうる。アリコの保険収入の7割は日本支社によるものである。アリコジャパンがアリコチャイナになったといっても過言ではない。
本来、中国がのどから手が出るほど欲しいのは日本の市場ではない。日本の伝統ある高度な技術である。今後は鉄鋼など技術が必要な産業において、日本企業への買収攻勢が積極化するであろう。すでに上海電機集団によるアキヤマ印刷機製造の買収、上海創斯達熱交換器による鈴木接点工業の買収など、特に地方の技術力のある中小規模の製造業の買収が増えている。また、欧米に比較して時価総額の低い日本企業も対象である。今後は、日本の中小の製造業においても、再編や合併など、中国進出に対する早急な対策が必要かもしれない。