中国にある日系企業の工場で、賃上げ要求のストライキが続発している。ここ数カ月で、コニカミノルタ、カシオ計算機、ブリジストンの工場でストライキがあり、製造ラインが一時止まるなどの問題が起きている。ストライキの主な原因は、物価高から生じる生活苦だが、今年の1月に労働者の待遇を改善するために施された「労働契約法」の影響も大きい。
前回のコラムでも書いたが、中国は労働環境が日本に比べて格段に悪い。加えて、中国の場合は、最低限の人権さえも与えられていない。広東省の場合、7割の女性労働者は担保を会社に納めなければ雇ってもらえない(中国社会科学院社会学研究所“農村外出務工女性”課題組(2000)『農民流動与性別』中原農民出版社)。もちろん、地方から来た労働者は、差別の対象になる。
私が中国の4星ホテルに宿泊した時、フロントで「宿泊する日数の2倍の料金を担保として預けることが義務だから支払え」と言われたことがある。文句を言うと「地方から宿泊に来た中国人が部屋の中の物を盗むからだ」と返された。私は文句を言ったが、その隣では、文句も言わずに黙って支払う地方から来た中国人の姿があった。
労働環境がひどく、低賃金、さらに差別もある。さらに、人民元が切り上がり、原材料が高騰している現在、労働者の負担は日増しに大きくなっている。
中国政府は、こういった現状を改善するために「労働契約法」を施行した。これには、低賃金と労働環境に不満を持つ労働者のデモやストライキを少しでも減らしたいという狙いもあった。だが、施行後は、別の理由でストライキが起きてしまった。雇用者より労働者を厚く保護する「労働契約法」は、労働者の権利意識を高めて保護するはずだったが、結果としてさらなるストライキを生むことになった。
いったい「労働契約法」とは何か?どうして労働者のストライキが増えたのか。労働契約法が雇用者や労働者に与える影響を簡単にまとめてみた。
1)連続10年勤務、もしくは法施行後に数年単位の雇用契約を2回連続で更新した労働者が契約を更新する場合などに、雇用者は無期限の契約を結ばなければならなくなった。これは、終身雇用に近い考えだ。
2)労働者を簡単に解雇できなくなった。これまでは、経営者の一存で労働者を解雇できたが、今後は労働契約を解除する場合、事前に工会、日本でいう労働組合に通知しなければならなくなった。解雇できたとしても、多くの場合、補償金支払いの義務が発生する。
3)正社員になる前の試用期間が短くなり、労働者に有利になった。例えば、工場などでは、経営側や雇用者にとってかなり自由度の高い、短期間の雇用契約が主流だった。つまり、見習い研修期間として6カ月間ほど働かせて、その後、解雇したいと思えば、簡単に解雇することができた。これは、やっとのことで仕事を見つけ、一生懸命働く労働者にとっては酷な話だ。これが労働契約法では、社員になるための猶予期間が6カ月間から1カ月間に短縮された。研修期間でポイ捨てされることがぐっと減ったわけだ。
4)これまで曖昧だった雇用契約書についても厳しくなった。1年以内に書面による雇用契約書を締結しない場合、期間設定のない雇用関係にみなされることになった。これまでは、自分たちが不利になることを懸念して、雇用契約書を書かない雇用者もいたが、今後はこういったことがなくなる。契約書を結ばなければ、無期限で労働者を保障することになるからだ。
■ 簡単には解雇できない
労働契約法では、労働者が簡単に解雇されないように配慮されている。雇用者としては、終身雇用を強く想定に入れて、人材を確保しなければならない。
「労働契約法が施行されたら簡単にはリストラできない」。こういった懸念から、昨年末は、社員を大量にリストラする動きが相次いだ。農薬入り餃子で話題になった天洋食品における中高年のリストラ騒動もこの法律に備えるためだった。
人民元切り上げや環境対策などで業績が悪化している企業は、労働契約法でさらにリストラしづらくなり、正社員にしなければならないケースも出てきた。こうなると人件費はふくらみ、利益が縮小する。
中国に進出した日系企業を始め、外資系企業からは、「仕事ができない、仕事を怠けている従業員もリストラできないのはおかしい」と不満の声が上がっている。これまで、人件費が安いという理由で中国に進出した企業もあったが、労働契約法でその期待は薄まる。
仕事ができなくても労働者を保障しなければならない。労働者の保障金だけで数十億円の経費がかかる企業もあり、それだけで倒産してしまう企業もある。急速に技術力と資金力を蓄えた中国にとって、既に外資企業の存在はさほど必要でなくなったのだろう。雇用者である企業側に追い討ちをかける労働契約法が施行されたことで、外資企業の中国からの撤退が増えそうだ。
昨年、駆け込みリストラされた人たちは、職を失い途方にくれている。不当な解雇に対して不満はあるが、どうすることもできない。
日本の失業率は約4%で、中国とほぼ同じである。雇用の流動化や非正社員が増え、ワーキングプアが叫ばれる日本だが、中国における労働者の悲惨な雇用条件とは比較にならない。
日本の若い世代には、アルバイトで適当に働いていれば十分という人がいる。働くことへの夢や希望を持てない人たちだ。日本と失業率がほぼ同じでも、中国の若者は必死だ。人生を終える時に、何かの仕事に夢中になったという思い出に浸れるだろうか。