大地震の際、現地にいる知人から連絡があった。
「中国の報道では何も得られない。中国のテレビをずっと見ていると、あたかも救出活動がすべて終わって、一息ついて『過去を振り返るドキュメンタリー』のような番組作り。いまだに生き埋めになっている人が大勢いるのに」
日本で私もずっとCATVを見続けているが、地震の被害者数など国内向けの情報は、日本に提供している報道内容よりも少ない。
現地の知人の話は続く。
「レストランで食事をしていたら、隣の中国人客が、日本の救助隊について話しているのが聞こえた。『日本は一番最初に来て、えらいね。感動したよ。日本は最新の技術があるからね。期待できる』と、テレビの報道そのまま。政府の思惑は成功しているようです」
■ 地震は反政府運動にはつながらないのか
19日から21日までの3日間は、中国国内は一斉に被災者追悼日とされ、映画館やネットカフェなど娯楽施設は休業した。そればかりか、中国国内のあらゆる分野のウェブサイトのトップページの派手な色が、白黒に変わった。少しでも被災者へ哀悼の意を示すようにという政府の思惑だろうが。
また、マンション・団地の敷地内に募金募集の張り紙が張り出された際、ある不動産会社のトップは、「すでに募金した。金持ちから金をかき集めるのではなく政府が復興作業をするべきだ」と発言し、ネットで攻撃を受けている。
これも、庶民の拝金主義のねじれた表現の一つだろう。しかし政府にとってみれば、貧富の格差の恨みが政府ではなく富裕層に向くというのは、好都合である。
しかし、地震からしばらく経った北京五輪前後の頃になって、それまで完全に情報をコントロールされていた中国国民が本当の死者数などを知った時に、反政府の動きは出ないだろうか?
「日本で報道されているように、確かにネットでは中国政府批判が出ているけど、それが大きなデモや反論論につながるとは思えない。ものすごく効率の悪い救助活動についても、いらだっていない。効率が悪いのは、中国では普段から何事においても言えることだから、皆それほど気にならない」
今のところ地震そのものが直接的に政府への不満にはつながらないようだ。政府の情報提供や管理の仕方しだいということである。しかし貧富の格差問題などにおいて、富裕層が政府批判を正当に公表したり、何か問題が発覚したらいつその矢先は政府に向いてもおかしくない。
■ 中国で生命保険への加入率が少ない理由
私が中国に在住していた95年ごろは、不思議なことが多々あった。飛行機事故で人が死んでもその航空会社の株価は下がらない。建設現場などの事故で死亡者が多数でても報道されることはなかった。人口13億人もの中国では、一般人の事故死程度ではニュースとして大きく取り上げられることはなかったのだ。
また、中国の一般の人は民間の生命保険に加入することを知らない。理由を中国人の友人に問い合わせたら、「事故に見せかけて高速道路に飛び込んで自殺する人が増えるからです。自分の命より家族の生活のほうが大事だと考える人が多いから。中国では民間の保険会社が営業を活発にしていない。だから生命保険そのものの存在を知らない」と言う。
ところが近年になり、当局はようやく事故による死亡者数を公表し始めた。データはやや古いが、2005年に中国で発生した各種生産活動における事故での死亡者数は12万7100人に上る。今回の地震でも建築基準に関して問題になった建設現場では、出稼ぎ労働者たちが危険と隣りあわせで仕事をさせられているのである。
政府だけのせいではない。一方で一人っ子政策により以前より子供の命が大事にされ、高級品を購入する人が増え、保険に加入する人が急激に増えた。人民財産保険は今回の地震で、最終的に132億6000万人民元以上の保険金支払いになると予測している。それでも世界の平均保険加入率が50%を超える現状に対して、中国の保険加入率は5%にも満たない。
特に北京では、不動産売買が好調であるのにもかかわらず、北京の財産保険加入世帯数は1%未満である。自然災害の少ない北京では、万一の災害時に備えようと考える人は少ない。
一方、上海では南水北路によって、水を地方から無理やり都市部にひいていたため、地盤沈下が起きている。上海においても地震発生の懸念はあるというのに、大丈夫なのか。
■ 地震によるGDPへの影響は一時的では終わらない
経済が急激に成長し、政策がころころ変わる中で、国民は目先の金儲けに必死である。ゆがんだ拝金主義のためか、災害に備えたり、万が一のことに備える意識にまで至っていないのが現状である。
今回の地震の復興作業には、数年はかかるだろう。セメントや鋼材、レアメタルなどの資材不足に加え、農産物が高騰し、地方の財政難が続くことが懸念される。
さらに地方に工場が多い製造業においては、原材料不足や人民元の高騰によって輸出が減少し、中国経済は大きな打撃を受けることになる。今回の地震によるGDPへの影響は、一時的では収まらない。五輪不況もあわせると、2009年から2010年のGDPは2%以上減少するだろう。
バブル崩壊を期に、政府も国民も、長期的視野にたった内需型の経済成長、つまり地方からの建て直し政策の重要性に目覚め、中国の経済成長が促進することを祈りたい。