中国の鉄鋼産業による環境問題
~経済成長が抑制できない構造問題~
嘉悦大学助教授柏木理佳

6 月6 日からドイツで始まった地球の温暖化が主要なテーマとなるサミットを前に、中国は、初の総合的な温暖化対策を策定、2010 年までに再生可能なエネルギーの割合を全体の1割にまで増やすことを発表した。
 2010 年までにエネルギー消費原単位を5 年で20%削減するという目標をかかげていたが、新たに、再生可能なエネルギーの比率をすべてのエネルギーの10%に高めるなど、総合施策を定めた。さらに、この目標を実現するにあたって、水力発電の開発で5 億トンの二酸化炭素が削減できるほか、火力発電の技術革新で1 億1000 万トン、原子力発電所の増設で5000 万トンの二酸化炭素を削減できると予測している。
 サミット直前に世界の二酸化炭素の18%(2004 年)をも占める中国側が環境への対応をアピールした理由は明確だ。中国国家発展改革委員会、馬凱主任は「開発途上国に対して、性急で過激で過剰な、先進国と同様の二酸化炭素削減目標を数字化して義務づけるのは不公平」と発表しているように、あくまで温室効果ガス削減の主な責任は先進国側にあり、中国を含めた開発途上国が取るべき政策とは区別をつけるべきだという狙いがある。

進まぬ原単位の改善
 今回の総合的な温暖化対策でエネルギー消費量の削減目標を示したように、中国に対しては省エネルギーをはじめとする各種対策が必要とされてきたのはいうまでもない。日本をはじめ各国との協力が欠かせないものの、はたしてそれだけで温暖化対策は十分なのだろうか。絵寝るg-消費量の多い鉄鋼産業を例に、中国自身で進めなければならない課題を探ってみる。
 中国は2002 年南アフリカのヨハネスブルクで開催された「持続可能な発展に関する世界首脳会議」において、京都議定書を批准し遵守する意向を正式に表明して各国代表の賞賛を得たが、具体的には京都議定書の期限(2012 年)が終了する翌13 年以降の実効的な枠組み構築に関する過程に中国が積極的に参加することを明記した。ただし、中国は京都議定書における温室ガスの排出削減義務を追っていない。多くの産業において、エネルギー原単位が世界に比べ著しく低い。
 中国国家発展改革委員会の韓永文秘書長は「中国のGDP エネルギー消費原単位は2006 年度第三四半期から、3 年ぶりに減少した。ただし、その減少幅が目標としていた20%削減という省エネ目標と比べ、まだ開きがある」と述べている。
 中国では、2004 年に初の省エネ中長期計画を発表し、主要製品生産のエネルギー消費原単位を2020 年までに国際基準を達成させるとしている。マクロ省エネ指標として、2010 年までに国民総生産(GNP)1万元当たりのエネルギー消費を02 年の標準炭2.68 トンから2.25トンに減らす。03 年から10 年までの年平均省エネ率を2.2%にし、省エネ能力を標準炭4億トンにする。20 年までにGNP1万元当たりのエネルギー消費を1.54 トンにし、省エネ能力を標準炭14 億トンにするとしている※1。
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※1 中国におけるエネルギー資源節約の実施状況、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構・NEDO海外レポート960
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 また、主要エネルギー消費設備の効率指標については、2010 年に主要エネルギー消費設備の効率を国際先進水準に到達、または近づけること、としている。マクロ管理目標として、2010年に社会主義市場経済体制が整った省エネ法規、基準体系、政策支援体系、監督管理体系、技術サービス体系を確立し、政府は一連の産業政策、奨励政策、技術普及活動を通じて計画の実施を保障する、としている※2。

非効率な鉄鋼業のもたらす環境問題
 中国の産業は、エネルギー消費の少ない第3次産業が占めている割合が少ない。また第2次産業の中でもエネルギー消費の多い重化学工業の割合が大きいことが環境問題の懸念材料であり、工業化は量的拡張を主としているため良質エネルギーの割合が低い。また規模の大きい企業が小さく中小企業が大半を占めている産業が多いため、その効率も悪い。さらに技術も遅れている。
 エネルギー使用による二酸化炭素の排出量は、世界第1位の米国が57 億500 万トンで、第2位の中国は34 億7,100 万トンである。中国の二酸化炭素排出量は1970 年代後半の改革開放以後、1990 年代後半から2000 年にかけて低下し、2000 年代になり再び増加している。環境統計集平成18 年版によると、世界の排出総量は237 億1,000 万トンで、それに占める割合は米国が約24.1%、中国が約14.6%である。経済成長が抑制できない中国がいずれ米国を抜いて第1位になることが問題視されている。
 また、2004 年における煤塵排出総量は1,095 万トン、工業粉塵904.8 万トンで、二酸化硫黄の排出総量は2,254.9 万トンであり、二酸化硫黄に関しては、すでに中国は世界最大の排出国となっている※3。
 中でも鉄鋼業の排煙排出量は全産業の15%、二酸化硫黄が含まれている硫黄酸化物の排出量は全産業の約7%を占めていて、環境悪化が促進している。鉄鋼業の脱硫率は16%に留まりSO2 対策の遅れが目立つ。近年、中国の鉄鋼生産量は増加し、そのエネルギー消費量は、全産業のエネルギー消費量の10%を占めていることから、その環境問題が注視されている。
 中国の鉄鋼の生産量は1998 年から2005 年にかけて4 倍以上に急速に伸び世界1位の生産量を誇るようになった。2003 年の2.2 億トンが2004 年には2.7 億トン、2005 年には前年比25%増の3.5 億トンに増加し世界の約3 分の1を占めている。その影響で世界の鉄鋼生産量もが押し上げられ2003 年には9 億6,000 万トン、2004 年には10 億トンを超えたほどである。中国の鉄鋼の生産量の増加にともない生産能力は2005 年の需要の3.7 億トンを1.2 億トンも上回って生産余剰も増加している。そのような中で鉄鋼中国鉄鋼工業協会は生産能力過剰対策として非効率的な生産設備の廃止や大型企業への再編などを促進している。
 鉄鋼エネルギー消費量(1kg 標準炭/t)においては2000 年が906 であるが2020 年には700 と28.7%の削減率を掲げている※4。第一次石油危機が訪れた1973 年の日本よりも中国は低いことからも中国鉄鋼業における省エネの潜在力の余地があるといえる。
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※2 中国エクスプロア中国通信社北京11 月25 日発新華社
※3『中国環境年鑑2005年版』、第一特別調査室三田廣行、2006年、「立法と調査No.262 P50」中国における環境問題
※4 NTTデータ経営研究所青野雅和中国における省エネルギー関連法規の動き2005年
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小規模鉄鋼会社の集約を
 中国国家発展改革委員会は、2007年の大手の鉄鋼企業のエネルギー消費量は一昨年より8.8%減少した、と発表した。大手の鉄鋼企業の省エネにおいては著しい成果を収めたとしている※5。
 しかしながら中国の鉄鋼産業は細分化され小規模企業による非効率な生産が中心となっている。中国には鉄鋼会社は1,000社以上あるがそのうち年間 100万トンを超える生産量を誇るのは34社だけである※6。さらに年間500万トンを超える生産量を保有しているのは16ヶ所のみである。※7技術力不足で採算性の悪い中小の鉄鋼企業が大半を占めている中国の鉄鋼産業において政府は集約化を目指し再編・合併を促進していて、2010年には3,000万トン級の企業グループ2社、1,000万トン級の企業に集約することを掲げている。
 中国政府は生産過剰な産業を抑制するため2006 年3 月には国務院が「生産能力過剰産業の構造調整加速に関する通知」を公布し、鉄鋼・自動車・電解アルミなどの生産能力過剰な業界において構造調整を促進するために固定資産投資の反動の防止、新規プロジェクトを制御(原則的に新しい鉄鋼ミルの建設を認可しない)、旧式生産方式の淘汰(300m3 以下の高炉、20 トン以下の転炉、電炉など)、技術改造の推進(冷延電磁鋼板、自動車用鋼板など)、再編・統合の推進(3,000 万トン以上の鉄鋼メーカーを若干形成するなど)、貸付・土地・建設・環境安全などの政策と産業政策との連携の強化、行政管理、投資体制、価格形成および市場撤廃メカニズムなどの面での改革の深化、業界情報の公表制度の整備(能力過剰のチェック基準、データー収集システムの構築、低的な関連情報の公示)※8 などが掲げられた。
 このほか、中国国家発展改革委員会が2005 年7 月20 日に発表した「鉄鋼産業発展政策」や2006 年12 月に「産業構造調整促進暫行規定(11 次5 ヵ年計画(2006~10 年)がそれおぞれ発表された。
 2006月3月の政策では、鉄鋼の年産1億トン分の生産過剰を抑えるため300m3以下の旧式の生産設備を2年間で淘汰していく計画を立てたが、中国の鉄鋼企業は河北省と山西省に300m3規模の鉄鋼メーカーが248社あり、その数は全国の68.7%を占めている。これらの企業が淘汰されれば河北省と山西省の地方の経済打撃は大きい※9。
 そのため発表後の6ヶ月後にはすぐにこの政策への改革の期限が延期された。廃棄する期限を2007年から2010年までに延期することに変更された。地方において環境汚染が深刻な問題になっている中で環境保護に対する政策を次々に掲げているが、法令違反で摘発されても企業は改善を行っていない現状がある。財政難をかかえている地方政府にとって行政指導は消極的にしか実施されない。鉄鋼の生産力過剰解消に向けた政策については政府は強調しているものの、中国の中央政府と地方政府の構造的な問題から実際には効果はなかなか進んではいない。
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※5 「中国国際放送局日本語部」2007 年2 月22 日
※6 Qingfeng Zhang, A Comparison of the United Stated and Chinese Steel Industries, 3Perspectives No6(2002)(米中鉄鋼産業の比較)
※7 David Lague, China’s Small Steel Mils Feel Heat, International Herald Tribune, May25,2005(「中国の小規模製鉄所が熱い」、ヘラルド・トリビューン2005 年5 月25 日)
※8 左近司忠政、世界鉄鋼業の再編と今後の展望(前編)、金属Vol.76(2006)No.9,p69
※9茨城県上海事務所構造改革、事業の淘汰に黄色信号―鉄鋼業
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設備投資より罰金の風潮さえ
 いまだほとんどが国有企業が占めている市場経済ではない中国経済において、本質的な構造問題を解決しない限りは環境問題への成果を得るには時間がかかるとみられる。
 鉄鋼産業だけの問題ではない。温家宝訪日で公約したことからわかるように環境問題に対する意識は高まっており、環境関連の法規の制定は促進している。しかしながら設定された制度が実行できない場合においての刑罰などがあるわけではない。政策においても実効するためのモニタリング、環境装置の普及、環境意識を高めるための人員の育成に対する日本を始め外国からの監視と支援が必要である。
 また、政府と地方の格差と同様に企業間の格差も指摘される。企業の資本力や業績が異なるのに同一の規制の実施は非現実的であり実際に困難である。資金力がない中小企業においては高額な環境対策が整っている汚染防止設備を設置するよりも少額の罰金である行政処分を受けることを選択する例も多い。
 市場経済そのものの矛盾点を解決する中央政府と地方の構造問題を早急に改善することを前提に、今後は行政処分の強化に伴い、汚染防止設備に対しての融資の充実を促すことも必要といえる。また地方において技術力と設備の整っている外資企業を積極的に受け入れることで二酸化炭素排出量の削減、環境効率性が高いともいえる。
 日中協力とともにそういった構造問題を抱えながら技術力のある日本企業は環境技術に対しても非常に期待されているといえる。事実、一昨年前、鉄鋼産業では第一回目の日中鉄鋼業環境保全省エネ先進技術交流会を開催した。中国と日本の各国の取り組みや現状について説明をするとともに、日本側が既存の技術を中国側に紹介するなど意見交換をした。現地の日本企業、合弁企業が技術の向上にともなう古い設備のメンテナンスなどの改善技術力を含む環境装置を提供し、全国の見本になることも大事である。またそれらが普及されれば環境対策への取り組みが進む。鉄鋼産業以外でも第一回目の日中省エネ環境フォーラムを昨年5月に日本で開催した。次回は9月に北京で開催する予定である。
 また「日中省エネルギー・環境ビジネス推進協議会(JC-BASE)」の設立総会が昨年の12 月に開催された。4 月に承認された会長は、日中経済協会の会長でもある張富士夫氏である。ビジネスベースでの正当な対価を得るという元会長の千速晃新日鉄会長の記者会見のとおり、日本の鉄鋼企業が技術を提供した場合、それを対価として購入するシステムも検討されている。第11 次五ヵ年計画においても掲げられている省エネ対策に効果のあった地方政府の幹部は昇進が認められるほど中国側も力を入れている。
 日中間の環境問題への対策は始まったばかりであるが、環境対策とともに中国の構造問題への取り組みも重要である。